2020年04月27日
12年10ヶ月お世話になりました日記
突然のご報告となりますが、2020年3月31日で、
12年10ヶ月勤めた宮古テレビを退社となりました。
地域の皆さんに支えていだだきながら、
小さい頃からの夢だった「アナウンサー」という
仕事をすることができ、本当に幸せでした。
少し長くなりますが、お時間のあるときに読んでくだされば幸いです。

(同い年の翁長瑠美アナウンサー、いつも助けていただきました)

(年末一緒に最後のニュースを読んだ高光優海アナウンサーも卒業)
思い起こせば、社会人になってから東京のアナウンス学校に通い、
仲間と励まし合いながら、全国の放送局を80社ほど受験し、
29歳の時、ご縁があったのが沖縄・宮古島のケーブルテレビ局でした。

(長寿情報番組の「週刊テレビあがんにゃ」も担当)

(同期入社の前里美穂アナウンサー、本当に頑張り屋です)
綺麗な海やそこに住む人々に魅了され、
宮古島に移住される方が多い中、沖縄旅行もしたことが
なかった自分は、ただ、夢を追い求めて島に渡りました。
3日、3ヶ月、3年、今を一生懸命生きれば、次への放送局のきっかけが
掴めるかもしれない、最初はそんなことばかり考えていました。
そんな30歳目前で何もできない「オールドルーキー」を、
島の皆さんは、あたたかく、粘り強く、見守ってくださいました。
自信がないとき、不安なとき、うまくいかなかったとき、
いつも地域の皆さんが声をかけてくださり、励ましてくださいました。
初めて司会をした「宮古島の海びらき」では、
緊張で何度も噛む自分を、観光協会青年部の皆さんが、
盛り上げ、励まし、支えてくださいました。

(海びらきでは長年司会を担当させていただきました)
島を知ろうと始めた三線やトライアスロンでは、
幅広い世代の仲間ができ、

(第4回なりまやあやぐまつりでは本選に出場)

(久貝哲雄民謡研究所の一員として毎年舞台にも)
スポーツが苦手な自分が、仲間とトレーニングを積み、
宮古島トライアスロンを完走できたことは、
生涯忘れられない思い出です。

(26回宮古島トライアスロンでは制限時間5分前にゴール)
都会に憧れ、ふるさと愛知を飛び出し東京に住んでいた自分が、
いつしか宮古島で、地域の皆さんに見守られながら生活することに、
喜びや楽しさを見出すようになっていました。

(トライアスロンではスタジオMCから優勝インタビューまで)

(毎年、英語の勉強をしようと決意するものの・・・笑)

(2019優勝の戸原選手と、女子3回優勝で解説の絵美さん)
2017年からは報道記者兼アナウンサーとなり、
取材・カメラ・編集と昼飯もままならない生活でしたが、
取材を通して多くの出会いがあり、さまざまな分野で
挑戦する人の姿を間近で見ることができました。

(五輪を目指すトライアスロンの古谷選手と佐藤選手)
リスクを負いながら、自分の夢ややりたいことに向き合う・・・
そのような場面にたくさん触れ、人生は一度きり、
自分も「伝え手」としてチャレンジしたい、そう思うようになりました。

(島内のイベントでは数多く司会をさせていただきました)
今後は、5月末に宮古を離れ、ふるさと愛知で
フリーアナウンサーとして活動していこうと思っています。

(タキシード隊の仲間達もたくさん宮古島へ
よしあき・たかや・ともき・たかひろの2015メンバー)

(ゆってぃ・篠田くん・あらけん・いっくん・がっくんの2016メンバー)
宮古に来てもう少しで13年、地域の皆さんから、
文章では書ききれないほどのたくさんの思いをいただき、
まだまだ宮古を離れることが実感できず、
気持ちを整理することに、少し時間がかかりそうです。
地域に恵まれ、仕事に恵まれ、仲間に恵まれ、
地域と共に生きることの素晴らしさを、
宮古で心から感じることができて幸せでした。
本当にありがとうございます。

皆さんからいただいた思いにしっかりと恩返しできるよう、
宮古と強く繋がりながら、これからも一生懸命頑張ろうと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2020年3月31日 吉田 和史
12年10ヶ月勤めた宮古テレビを退社となりました。
地域の皆さんに支えていだだきながら、
小さい頃からの夢だった「アナウンサー」という
仕事をすることができ、本当に幸せでした。
少し長くなりますが、お時間のあるときに読んでくだされば幸いです。

(同い年の翁長瑠美アナウンサー、いつも助けていただきました)

(年末一緒に最後のニュースを読んだ高光優海アナウンサーも卒業)
思い起こせば、社会人になってから東京のアナウンス学校に通い、
仲間と励まし合いながら、全国の放送局を80社ほど受験し、
29歳の時、ご縁があったのが沖縄・宮古島のケーブルテレビ局でした。
(長寿情報番組の「週刊テレビあがんにゃ」も担当)

(同期入社の前里美穂アナウンサー、本当に頑張り屋です)
綺麗な海やそこに住む人々に魅了され、
宮古島に移住される方が多い中、沖縄旅行もしたことが
なかった自分は、ただ、夢を追い求めて島に渡りました。
3日、3ヶ月、3年、今を一生懸命生きれば、次への放送局のきっかけが
掴めるかもしれない、最初はそんなことばかり考えていました。
そんな30歳目前で何もできない「オールドルーキー」を、
島の皆さんは、あたたかく、粘り強く、見守ってくださいました。
自信がないとき、不安なとき、うまくいかなかったとき、
いつも地域の皆さんが声をかけてくださり、励ましてくださいました。
初めて司会をした「宮古島の海びらき」では、
緊張で何度も噛む自分を、観光協会青年部の皆さんが、
盛り上げ、励まし、支えてくださいました。

(海びらきでは長年司会を担当させていただきました)
島を知ろうと始めた三線やトライアスロンでは、
幅広い世代の仲間ができ、

(第4回なりまやあやぐまつりでは本選に出場)

(久貝哲雄民謡研究所の一員として毎年舞台にも)
スポーツが苦手な自分が、仲間とトレーニングを積み、
宮古島トライアスロンを完走できたことは、
生涯忘れられない思い出です。

(26回宮古島トライアスロンでは制限時間5分前にゴール)
都会に憧れ、ふるさと愛知を飛び出し東京に住んでいた自分が、
いつしか宮古島で、地域の皆さんに見守られながら生活することに、
喜びや楽しさを見出すようになっていました。

(トライアスロンではスタジオMCから優勝インタビューまで)

(毎年、英語の勉強をしようと決意するものの・・・笑)

(2019優勝の戸原選手と、女子3回優勝で解説の絵美さん)
2017年からは報道記者兼アナウンサーとなり、
取材・カメラ・編集と昼飯もままならない生活でしたが、
取材を通して多くの出会いがあり、さまざまな分野で
挑戦する人の姿を間近で見ることができました。

(五輪を目指すトライアスロンの古谷選手と佐藤選手)
リスクを負いながら、自分の夢ややりたいことに向き合う・・・
そのような場面にたくさん触れ、人生は一度きり、
自分も「伝え手」としてチャレンジしたい、そう思うようになりました。

(島内のイベントでは数多く司会をさせていただきました)
今後は、5月末に宮古を離れ、ふるさと愛知で
フリーアナウンサーとして活動していこうと思っています。

(タキシード隊の仲間達もたくさん宮古島へ
よしあき・たかや・ともき・たかひろの2015メンバー)

(ゆってぃ・篠田くん・あらけん・いっくん・がっくんの2016メンバー)
宮古に来てもう少しで13年、地域の皆さんから、
文章では書ききれないほどのたくさんの思いをいただき、
まだまだ宮古を離れることが実感できず、
気持ちを整理することに、少し時間がかかりそうです。
地域に恵まれ、仕事に恵まれ、仲間に恵まれ、
地域と共に生きることの素晴らしさを、
宮古で心から感じることができて幸せでした。
本当にありがとうございます。

皆さんからいただいた思いにしっかりと恩返しできるよう、
宮古と強く繋がりながら、これからも一生懸命頑張ろうと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2020年3月31日 吉田 和史
Posted by 吉田 和史 at 22:23│Comments(0)
│日々のこと
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